大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和30年(わ)1169号 決定

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は、

「被告人は、

一  昭和三〇年一一月一二日頃福岡市大浜新校地三組の李達鐘方において同人から麻薬塩酸ジアセチルモルヒネ〇・〇四〇六グラムを代金二〇〇円で譲り受け、

二  同日福岡市小金町四七番地の当時の被告人住居において小泉大七に対し前同様の麻薬を代金二〇〇円で譲り渡し

たものである。」というにある。

ところで、一件記録によれば、本件公訴の提起は昭和三〇年一二月八日であるが、被告人に対する本件起訴状謄本の送達はその送達証書(記録七丁)によれば、同年同月一二日執行吏により、起訴状記載の被告人の住居たる福岡市小金町四七番地菊地勇次郎方において、被告人不在のため宿主(菊地勇次郎)に交付してなされたことが認められ、その後は被告人所在不明のため昭和三一年三月二四日の第一回公判期日召換状も送達不能に帰し、爾来永く公判期日を開くに由ない状態が続いたが、昭和三九年九月にいたり漸く被告人の所在が判明して第一回公判期日は同年一〇月八日開かれたのである。また、昭和三一年三月二四日の公判期日送達証書、今井輝夫の検察官に対する供述調書及び被告人の公判廷における供述によれば、被告人は起訴当時右菊地方の二階に間借していたことが認められる。

刑事訴訟法第五四条によつて準用される民事訴訟法第一七一条第一項によれば、送達をなすべき場所において送達を受くべき者に出会わないときは、事務員、雇人又は同居者であつて事理を弁識するに足るべき知能を具える者に書類を交付することができるのであるが、同居者とは送達名宛人と共同生活を営んでいる者を指称し、同一家屋に居住しても間借人の如き生計を異にする者はこれに含まれないと解するのが相当である。ところが、被告人は右菊地方に間借していたに過ぎないものであるから、右菊地は被告人の事務員でも雇人でもないことはもちろん、被告人の同居者でもないこと明らかである。したがつて、右菊地に対し交付してなされた本件起訴状謄本の送達は有効な送達ということができない。のみならず、前記送達証書によれば菊地が送達受取人として通常なすべき記名捺印をしていないことに徴すれば、右起訴状謄本を受取ることを同人において肯じなかつたのではないかとの疑念なきを得ないところ、被告人の公判廷における供述(昭和三九年一〇月八日の第二回公判期日)によれば、被告人は右菊地から本件起訴状謄本を受け取つておらず、起訴されたことも知らなかつたと主張している。これらの点を綜合すれば、右起訴状謄本は被告人に送達されなかつたものと断定せざるを得ない。

以上によれば、本件公訴提起の日から二箇月以内に被告人に対し起訴状の謄本が送達されなかつたわけであるから、刑事訴訟法第二七一条第二項により本件公訴の提起はさかのぼつてその効力を失つたことになる。よつて、刑事訴訟法第三三九条第一号により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中村荘十郎 裁判官 石川良雄 斉藤精一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例